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2016/02/24

最善とは?   &   最善意識を手放す

 
 
 
 
1601atuta.jpg
日暮れの熱田神宮
(第二鳥居)

1月の撮影です。
混雑を避けて大寒中の初詣。




前記事に続き
個人的つぶやきです。

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最善とは、

常に変化するものです。


今日の最善が明日の最善とは限りません。

過去の最善が
今の最善とは限らないのです。



前に、この選択が最善だったからと、今もそうに違いないと思い続けることは
たやすいこと。ですが、

たやすいのが、いつの間にか
過去の規定に囚われる”執着”にならないようにしたいものです。



過去に最善と信じた選択も
時に、
手放す勇気を

自分に許すことも必要かと。




ですが、それがとっても辛い場合もあります。

また、多様な要素が絡んで、簡単ではない、
そういう場合もあります。

が、それもまた良しかと。
いつも最善ばかりを求める必要もないのではないかと。



最善ばかり求める必要はない、と思える心
これこそ最善かもしれません。





普遍性とは
変化です。

止まっていても、実は止まっていません。


何かに拘っていて、あたかも止まっているかのようでも
止まってはいません。(時間のように。)

また、拘りを抱えているのは自分です。

が、だからといって自分を責める必要もありません。

溶けない氷はないように、
どこかで、その拘りが嘘のように紐解けたり、あるいは溶けてゆく、そういうタイミングも有るでしょう。


それを待ち、機に任せるのも、
これは昔から知恵として言われる最善の選択のひとつですね。





何にしろ
心柔軟でありましょう。


柔軟心で
最善という言葉(意識)も手放してみましょう。


そうしたら、
空が一層青く青く澄んで、拡がるかも。




手放す必要があるのは、
最善を求める希求意識であることも
時には有りかと。

(ただし、最大限、最善への尽力をした後かな?
”手放し”で、大いなる祝福が起きるのは・・・・・・・・・・・・・・。)





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ふと考えたことや
よぎる感情を
いつもは
日記に手書きで記すのですが、
(手で書くのは頭の整理にとても良いので・・・・。)



今日はこちらに、つらつらと記して見ました。

(離婚問題に直面して悩んでいる弟のことを考えつつ・・・・・・・・・・・。)





脈略ないみたいで、
お目汚しで失礼しました。












 
 








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