2010/02/14

羽根の傷ついた天使?  (追記有り)

聖バレンタイン・デーの今日、皆様いかがお過ごしですか?


冬のオリンピックも華やかに開催されましたね。
しばらく、テレビ話題は、賑やかそうですね。


なかなか春の兆しが見えず、寒い日が続いていますが、
皆様のお住まいの方では、いかがですか?


まだまだ降雪と凍る道路に悩まされる地域もあれば、
春一番が、すでに到着した地域もあるようですね。


写真はタンポポの蕾です。
タンポポを見るには、まだ早いとは言え、
もうじきの事ですよね。
春の日差しへの、期待を込めて・・・・・。


tanpopotubomi33.jpg

フォト 「天の欠片」様より




ところで、
セラピーの勉強をしているっしゃる、或る知人の方の
リーディングのレッスン台にならせていただきました。

知人いわく

「あなたは(私)、羽を深く傷つけられた天使」なのだそうで・・・・・。

・・・・・・・・?

続きは、こそばゆいですし、レッスン上の話しとして、記載は遠慮させていただくとして、



私的に思いますのは、
み~んな、本当は天使なのじゃないかしら?
しかも、み~んなして、多かれ少なかれ、羽根が傷ついているのでは?

その羽根を修復するための、癒しやレッスン(学び)の場が、この世なのでは?




話が飛ぶみたいですが、このことから、ふと思い出したことがありました。


~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~


昔、或る本を読んでいるときのことでした。
一筋の雷的光線が頭を貫き、後ろに、ブチ倒れてしまったのですが、
そのとき、頭によぎったものがありました。

(その本は、東洋の悟りへの啓蒙書でした。)


よぎったものは、
おかしい!!私達はもともと悟っているじゃない!!
悟った存在(いうなれば神=オール全)が、わざわざ、このややこしい現実を作り出している。
私達自身がもともと悟りの存在なのだ。なのに、どうして悟りを求めなくっちゃいけないの?
どうして悟りを啓蒙されなくっちゃいけないの?
必要なのは、悟りではなく、
悟りの存在だということを、思い出すこと、取り戻すこと、曇りを取り除くこと・・・・・・。
ただそれだけのことでは?

私達は私達自身が悟りの子、そして悟りの存在。
それは、私たちが何をどうしていようとも、どんな現実を見ていようとも、
皮肉にも変わらない”永遠普遍の事実”。



と、ざっと、こんな感じの内容だったかしら?

それ以後、再びその本を読む気にはなりませんでしたが、

その本は悟りへの啓蒙書でしたので、(後で考えますと、)
この時、私の頭によぎったこと・・・・・、
それが、そのときの私が、その本から得た啓示だったと言えるのかもしれません。


ですが、このとき、私はどうしていいのか判らなくなりました。
遠くにあって、そこに達すると、きっと幸せがあるように思っていたことが、
実は遠くではなく、ここにあって、幸せな境地でもなんでもないのだと、
知ってしまったような感じでしょうか?
はかない希望が消えたというか・・・・・・・、現実は現実のままの訳で・・・。
(これは、ありのままを認め受け入れるということになりますかしら。)



なので、もし、禅問答で、悟りとは何か?と問われたなら、
私は、即、”幻滅”だと答えるでしょう、と思ったのでした。(当時のことです。)

しかし、幻滅とは幻が消えること・・・・・・すなわち、それが空なり、と。

(空は心がからっぽの状態ですが、この空っぽというのは、
オール(全)とひとつになることでもあって、そこから全てが始まる状態とも言えます。)
そして、それが、色即是空、空即是色の大意である、と。

(色は現象のすべて、空は現象の源の意味です。)





あらら、まるでお坊さんの説法のようになりましたね。f(^_^)
この話はこの辺にして・・・・・・・(軽く読み流してくださいね。)



~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~



この悟りという言葉を、神という言葉に、置き換えてみてくださいな。
私達は皆、神の子、つまり、”天使”ということになりませんか?


そして、み~んなして、実は、羽根が傷ついている天使・・・・・・・・・・・ならば
もっと労わりあっても、
優しくなっても、
思いやり合っても・・・・・、
良いはずではないのかしらね~?


それが出来ず、喧騒や暴力が、あらゆる場所で絶えないのは・・・・・

・・・・・・・ 切なくないですか?





と、なんだか、ひとりごとの今日のブログでした。

横では、薄紫色のフリージャー(お花)が、微笑んで、
清楚な香りを運んでくれています。
この子(お花さん)も、天使さんですよね。



明日はちょっと楽しそうな、ワークセミナーに出かけてきます。
るんるん楽しんで来ますね~。



皆様、お寒い中、素敵なバレンタインデイをお過ごしださいね。






--☆☆ 追記 ☆☆--

時間差があります。





薄紫色のフリージャーは
ふと、ささやかな気付きを、もたらしてくれたようです。



Harmony of irisesのホーム頁の作成を
自分でしようかどうか、デザイン的にもどうしたものか、迷っていた頃、


”花に託しなさい”という示唆がインスピレーションで伝わり、
結局、花にイメージの全てを託すことにして、
らしい画像(たとえば天使や女神の絵など)を、一切使わない方向になったのですが、


この”花に託しなさい”ということは
つまり、”天使に託しなさい”ということだった・・・・・・のですね。

 はて、私はどこまで、託すことにハートを開くことが出来ていただろうか?


さらに、託すというのは、
思いを託すことであり、私にとっての託す方法は、
花という天使(花そのもの)を、描くという意味もあったらしい・・・・・・・・。
この描くということは?(この奥の意味は、もう少し熟成させます。)


などと、今頃、気が付いて、どうするんだ!
しかし、この今頃?というのが、タイミングというものなのかもしれませんね。



とりあえず、神秘なほど美しく感じる薄紫のフリージャーの花の前で、
マスターに出会ったかのように、頭の垂れる感のする私なのでした。










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