2010/10/27

遅咲きの朝顔 & 子守籠の思い出

 
 
急な寒気に戸惑いつつ咲く、朝顔?
(ご近所にて、本日の撮影 )


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青紫、ラベンダー色、白へと変化する色合いの、神秘なまでの美しさ・・・・・。


写真はご近所の生垣を彩っているお花さんですが、
先週中頃になってお花が開いています。
ずいぶん遅咲きですが、(私には朝顔に見えるのですが、)品種が違うのかしら?ね。

まだ蕾が幾つもあって、スポットステージへの出番を待っているようですが、
この急激な寒気・・・・・・・・、
つい写真に残したくなりました。

先週までは日中はまだ夏の日差しもありました。
朝顔さんも、そのつもりで日中の暑さの日差しを待っているのでしょうか?
今日はどんよりした曇り、加えて寒気。
朝顔さんは堪えられるかしら・・・・。




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今朝は離れて暮らす母が倒れたと連絡があり、一瞬慌てましたが、
高齢者特有の急な寒暖の差による危ない兆候のようで、
どうやらすぐに回復していますが、これからの冬は少し心配です。


母のことを案じながら私用で外出しましたところ、
路上で、今は珍しい子守籠に小さなお子さんを3人も乗せて、お子さん達と楽しそうに話しながら、
籠を押して歩くお若いママをお見かけして、思わず見入ってしまい、
タイムスリップしたような気持ちになりました。
(籠は下に4輪が付いているもので、昔は子育て中のご家庭の必需品だったものです。
使いこなされた古いお籠で、もしかしたら、お婆様ぐらいの代から受け継がれたものかもしれません。)


まるで籠を押すのは母で、乗っているのは幼児の自分の気がして、
お若いママさんと、若い頃の母の姿が完全にダブってしまったのでした。

ぐるぐると目の前に浮かび上がる若い頃の母の姿、籠を押すしぐさや笑顔、
 妹を籠に乗せて出かけて、私の小学入学用・ランドセルを買ってきてくれた時のことやら・・・・・。


あまりにも懐かしくって、
その方は、知らない方ではありますが、声をおかけしたところ、
笑顔で答えてくださって、
はい皆さんに懐かしいと声をかけていただくのですよ、とおっしゃっておられました。
有難う、籠を押す甲斐がありますともおっしゃって、
いいえこちらこそ、懐かしさを有難うございました、と
お互い有難うを言い合って、お別れしたのですが、
籠の中から、バイバイと手を振る3人の小さなお子さん・・・・・・、
短い時間のことでしたが、ふとホットな気持ちになりました。

そして何という奇縁でしょうか・・・・・と。
母の暮らし方を考えつつ歩いていたら、丸ごと若き日の母を思い出させる光景に
出くわしたようなものでしたから・・・。




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人生は長いようで短いですね。あっという間です。
はかない夢と昔の人はよく言ったものですが、
本当にはかない一瞬の夢のようなひと時と思えてなりません。
(昨今は特に・・・・。)


花の周期のように、咲いて散る、咲いて散る、咲いて散る・・・・
 ただそれだけと言えば、ただそれだけに違いありません。

たとえそれがどんな人生でも、耐え難く苦しく長く感じる場合でも、
遠い遠い、遠い遠い視点から見れば、一瞬の夢に違いありません。



花のように、無心でありたいものです。
花のように、無垢に散りたいものです。



何も残さず、跡形もなく消える・・・、これが私の、
籠の中で母にあやされる幼いころから胸に抱いた
本当の夢だったような・・・・。



消滅こそ生命なり・・・・、
いつからそう思うようになったのか記憶はありません。
でもいつの頃からか(たぶん子どもの頃から)、そう思いつつ、
今もこの現世をたくさんのゴミのような課題を抱えつつ、消滅には遠く、生き延びている私。

いつか花のように、無垢に、無心に、
 なれるだろうか、
  散れるだろうか・・・・・。




下はセピア色の写真
母と私(私の初お花見)
撮影は(亡き)父

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私の着ている着物は初孫のために祖母が縫い揃えてくれたものだそうで、
母が着ているスーツは祖父の着物を母が手縫いでスーツに仕立て直したものだそうで、
貧しかった時代の親から子への情愛の系譜が記録されています。
カメラは父の職場の上司の方からお借りしたもので、
借用品を慎重に扱う父の手元を、不審そうに眺める赤ちゃん私。^^

(この頃、始まったばかりの人生。
生後6ヶ月の間の記憶はありません。が、7ヶ月ごろからは微かに記憶があり、
すでに大人たちの眉間に”苦しみ”の要素を感じ取っていたことを記憶しています。
人生は苦しみだと、大人たちは、赤ちゃんへの有り余るほど笑顔と愛情表現の後ろで
眉間にて語り続けていたのでした。それは当時の大人たち(戦争を超えてきた人々)の
正直な心の声だったのではないでしょうか。
赤ちゃんはちゃんと心を見ていたことになりませんでしょうか?
当時の大人たちは皆、戦争による傷を抱え、心に深く刻まれた傷跡はまだ癒えていませんでした。
そして生きることに精いっぱいのようでした。
こうして私は、人生は苦しみと学んでしまったのでした。
この刷り込みを解き放つには、何十年もかかりました。)


皆様は赤ちゃんに、あるいは周囲に、眉間で何を語っていますか?
 私は、何を語っているだろうか?




とはいえ、この夢の人生に、やはり感謝しています。
生まれ来た自分に有難う。
生まれさせてくれた天地に有難う。

慈しんでくれて有難う。
至らないことばかりで、ごめんなさい。
愛していますよ。
  母へ。




と、結局、ホオポノポノになりましたね。(笑)




いささか感傷交じりの今日のブログでした。



急な寒気です。
皆様、体調をお崩しになりませぬようになさってくださいね。

私も冬支度、急いでします。今夜は初暖房です。


















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