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2011/10/18

ライタリアン、ピュリフィケーション・リングス  より高い調和、愛に向けて

 
 
 

今日から、ライタリアン、ピュリフィケーション・リングスの”受け”をスタートします。
レベル6までありますので、
途中調整日数を入れ、スムースに進んだとしても、
おそらく12月中ごろまでは、かかることでしょう。


ピュリフィケーション・リングスは、
エンジェルリンクをすべて終了している方向けの上級クラスになります。
(エンジェルリンクにつきましては、こちらをご参照くださいませ。)

天使界の最高波動とされるセラフ界との繋がりを、より深めてゆくもので、
エンジェルリンクではその中の、セラフ・ローズオーラと呼ばれる無条件の愛のエネルギーに
エンジェルリンクの基盤として繋がります。

ピュリフィケーション・リングスは、
このセラフ界との繋がりをより深めてゆきながら、
不調和な部分をより高い調和、より高い愛に、誘ってゆくものです。
(まだ受ける前ですので、事前に知り得ている情報では。)


受ける前の感覚では、
より高い調和、より高い愛とは、
より "ナチュラル” に、ただそこに或ることだという感じがしています。

すでにとても心地よい波が来ています。




ライタリアン、ピュリフィケーション・リングスの日本語テキストは公式にはまだ発表されておらず、
現在、公認代理店様の方で翻訳が進められているそうです。
年内に完成見込みだそうですので、
日本語の公式テキストが完成次第、
私のサイトでもメニューアップの予定です。

予定としては来年1月からお申込みの受付開始の見込みです。

先にモニター様を先行の予定です。
モニターでの受け志願のかた、今のうちにどうぞ、お申し出くださいね。

ただ料金的なことがまだ未決定ですので、
その点だけお待ちくださいませ。


ピュリフィケーション・リングスについて詳しくは
私もまだ頁作成に着手できていませんので、
すみません、
ライタリアン研究所公式HPをご参照ください。

グーグルの日本語翻訳でも大体のイメージはお判りになれるかと。
あまり言葉に囚われず、なるべく感性で感じ取ってくださいませね。



ライタリアン・ピュリフィケーション・リングス






昨晩、光のトンネルを創り、紫の炎を瞑想をしていると、
いつの間にか、
大天使ミカエルとの、とても心地よい対話が起きました。


ヒーリングとは、全人生で関わったすべての縁、
(暮らした土地の過去現在までの全記憶、住居、家族、遺伝子の先祖やスピリチュアルの祖先、
関わった生き物、食した生命の声、袖に触れた人々の縁なども含めてのすべて)
が、
浄化され、癒され、より高いレベルへ変容され、
初めて本当のヒーリングになることを、
感性体験を通して教えていただきました。


(注:といっても、ヒーリングに
ことさらに大きな範囲を意識し設定する必要はありませんので、お間違えなくね。
一人一人が出来ることを出来る範囲ですることが
(それがもし自分だけの悩みに焦点を合わせているとしても)
結局そういうことに繋がるので、大丈夫なのです。
自分が癒されるとしたら、癒されているのは、自分一人ではなく、
波紋の波及は大きく、目には見えないところで拡がっているということになります。
またそのプロセスも大事ですね。)



光のトンネルのなかでは、
このところ迷っていたことが整理され、自分なりに(迷っていた事柄に対しての)結論が
自然に生まれるように、出ていました。



今日は何とも言えず、心が安定しています。


そして今夜から、ピュリフィケーション・リングスを受けるのですから、
昨晩のこと(光のトンネルで起きたこと)も、この準備プロセスのひとつではなかったかと思えるのです。



(光のトンネルの中では、何かしら、ミカエルの聖剣の授与?といったような光景もありました。
その時力強い何かを内側に感じています。聖剣?を決然と受け取ったかのような・・・・・・?)




何にしろ、きっと天使達に見守られ、

セラフ界への旅、

行ってきますね。
ワクワクしつつ・・・・・・。

(遠隔ですから、実際にはどこにも出かけませんよ。
しいて言うなら、ベッドに行くだけですが・・・・・・。^^)






(セッションについての感想はたぶん、HPの方に掲載することになるかと。
セッション期間も長いので、書くとしたら全部終ってからになりそうです。
こういうセッションはプロセスが大事と思っておりますので、
ブログに書くより体験し味わってゆくことの方を、先行させていただきますね。
その点だけ、どうかご了承くださいませ。)













☆------------------------

追記




亜様

コメントありがとうございます。


ヤマトノタケルノミコトは、
聖ミカエルのエネルギーの一部の具現化された存在とされています。
ですから、その象徴である”草薙の剣”と、聖ミカエルの”聖剣”とは、
共通の要素があるのではないでしょうか?

時代の必要性によって、使い方は、違っていたかもしれませんが。


とっさに浮かんだ亜様のイメージ、ずれてはいませんよ。^^



ベストタイミングで、また光の中で、お会い出来たら嬉しいです。

どうかごきげんよう・・・・・。(^o^)/







☆------------------------

再追記






T様

ご無沙汰しています。
コメントありがとうございます。


そうなのです。私もいろいろやってますよ。
楽しみながら・・・・・。♪


また感想もちょこっと書きますね。


お互い、いろいろなチェレンジを、
自分のペースで、楽しく、冒険してゆきましょうね。(^^)v 





























ハート *あれこれ*
2011/10/17

サーバーメンテナンスのお知らせ  ( 復旧しました。)




10月16日から17日にかけての大がかりな
サーバーメンテナンスは終了しました。
(サーバーをお借りしている会社様の方での、サーバー老朽化に伴う、総入れ替えだそうでした。)

この間、
サイトアクセスが出来ない、メールが不通になる等のことが起き、
戸惑われた方もいらっしゃるかもしれませんので、
この記事は残しておきますね。(10月18日記)




------------------------------
10月17日付



サイトのサーバーメンテナンスが予定時間より長引いています。

Harmony of irses に関する、
サイト閲覧、アクセスが不可または不安定状態が続いています。
およびメールも不通になっています。

メールのご返信はサーバー回復次第、順次させていただきますので、
しばらくお待ちくださいますように、お願い致します。m(_ _)m


尚、セッションのお申込み、お問い合わせメールフォームは、
別サーバーになっておりますため、影響はありません。


また、ご入金の確認を、お待ちいただいています方は、
サーバー回復をもう少し待ちましてから、
(さらにメンテナンス時間が延長されるようでしたら、)

サブアドレスの方から、ご連絡させていただきますので、
どうかご安心の上、お待ちくださいますように、
お願い致します。
















暮らしの中で ~あれこれ~
2011/10/16

久々の「ジャン・クリストフ」、余波   (ソウルメイトなど)

 
  

どちらが先で、
どちらが後かは、一概には言えないと思いますが、


ジャン・クリストフのような、不屈の闘いの連続のような小説を、もし読まなかったら、
私も、もう少し、普通に女性的な柔らかな生き方が出来ていただろうか?


あるいは、すでに(思春期のころ)クリストフに共鳴する生き方(芸術を糧にしてゆくといった)の選択や、
苦悩という心理現実が目の前にあったので、
必然的に共鳴したのだろうか?


今となれば、どちらでも良いようなものですが、


「ジャン・クリストフ」のような、
いわば一般向けとは言い難い内容の本に、深く共鳴するとしたら、
小説の登場人物の誰かに共鳴するか、
それとも全編に横たわる自由への闘い、苦悩の深さ・・・・・・それらへの共鳴ではなかろうか?


それは、読み手が、それぞれに違った形や意味にしろ、また大なり小なりにしろ、
なにかしらの、苦しみや悲しみ、矛盾感や閉塞感などを心に持つか、
あるいは、超えにくい現実を抱えているなど・・・ということになるのかもしれない。
(もち音楽性への共鳴の人々もおられるでしょうが。)


何にしろ、
何も通じるものがなければ、共鳴しにくいですよね。
この本は、思考で読むタイプとは大分違いますし、また
幸せへの道しるべというタイプのものでもありません。では何なのだ?
苦悩の受容、そして昇華への、長~いプロセス・・・・・・・・・・。






何十年ぶりに取りだした「ジャン・クリストフ」を
再び元の書庫に戻すにあたり、

なにかしら感慨が噴き出してきました。


クリストフに共鳴するすべての方が、
共鳴点は、もちろん人それぞれではあるでしょうが、
少なくともクリストフや他登場人物の(ある種苦難の連続ともいえる)生き様や、
文から醸し出される音律に共鳴しあえる、

ある意味”ソウルメイト”と言えるのかもしれない・・・・・。
(ちょっと無理のある発想かもしれませんが、)


もしそうだと考えるなら、
15歳の私には判っていなかったことがある。
本は一人で読んでいたつもりでいた。
でもそうではなかったのだ。
本の向こう側に居る人々とともに、在った・・・・・・。



不思議な気持ちです。
何十年も前の本を取り出して、思い出が蘇り見えてきたとしても、
見えてきたのはそれだけではなかった、というようなものです。

熟読したはずの本から、見えてきた、
見えていなかったものの、その大きさ・・・・・・というか。



いつも忘れ物をしているな~と思えます、私。
完全なんて、ないんだ。


とはいえ完全である必要はないので、それで良いとしても、
ちょっと愕然・・・・・・そして、なにやら、なぜか嬉しく温かいのです。



不思議な温かな風に包まれています。
説明はできませんが。





(15歳の私に、この本がもたらしてくれたのは、
たくさんの要素があって、ひとつに絞れるものではありませんが、
大きかったのは、”自己肯定”ではなかったかと思えます。
それが、当時の私に、どれほどの自信、勇気、力になってくれたことか。

思春期から青春期に移行する、情緒面の安定の、ある意味非常に難しい時代での、
この本との出会いは、今振り返れば、目には見えない大きな世界からの、
保護の働きかけの一種だったとも考えられないだろうか?--------気付いてはいませんでしたが。


目の前のことしか見えていなかった・・・・・・でも太陽は輝いていた。)








歩んできた一瞬一瞬が、振り返れば、感謝です。
今、総じて振り返ることの出来る日を迎えて居ることにも、
感謝!です。



























本を通して
2011/10/14

蘇る、「ジャン・クリストフ」を読んだ頃 

 


先ずは事務的なお知らせ




~HPサーバーメンテナンスのお知らせ~

Harmony of irisesのサイト
サーバーの長時間メンテナンスのため、
2011年10月16日日曜日 22時~ 2011年10月17日月曜日 9時まで(予定)
アクセス&閲覧が出来ませんのでお知らせします。
この間、グーグルなど検索では、サイトが見当たりませんと出るかもしれませんが、
どうか慌てずに、サーバー回復までどうぞお待ちくださいませ。




~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~





日々の現実からもスピリチュアルからも遠ざかりたい
何かしら、心の狭間のようなスペースが、たまたま訪れます。


そんな心模様となった今回、
夜、突如、引っ張り出したのが、

15歳の頃、熱烈に心酔し読みふけった、ロマン・ローラン著書「ジャン・クリストフ」でした。

 「ジャン・クリストフ」:
 主人公、作曲家クリストフを、ベートーベンをモデルにし、
 親友オリヴィエという登場人物に、ロマン・ローラン自らをモデルにして、
 その生涯を描いたヒューマン小説。
 音楽を通しての芸術論や、民族論、社会批判がほぼ全編に満ち満ちていて、
 古代詩の引用も多く、詩的香気にも満ちた、非常に密度の濃い、
 ロマンローラン文学の代表作と言えます。1915年度ノーベル文学賞受賞。
 姉妹編:「魅せられたる魂」




何十年ぶりだろうか?
消毒したいほど手垢に汚れたその本(全3巻)を、
触ったらすぐ手を洗いたくなるような衝動を抑えながら、*_*;
ぱらぱら開きつつ、目が止まったところを、
読んでみて、

驚いた!


当時のようにすべてを読んだ訳ではなく、飛ばし読みしながら、ですが、
結局、徹夜をいとわず読みふけってしまい、

当時と同様に深い感動に満たされる・・・・という、
当時のままの自分に出会うことが出来、

そこが先ず驚きでした。



このところ、所在不安定というか、
この世に居る実感が薄くなっていて、どうも困っていたのですが、
見事解決。

私は生きてい居た!生きている!今ここに!という
実感のようなものが、ジャン・クリストフ読後に、しっかり戻っていたのです。

この点も驚き。



「ジャン・クリストフ」の何がそうさせ得たのだろう?
と、そういう分析はやめておくとして、

一部抜粋ご紹介してみます。



小説内で、
クリストフは終生、孤独、貧しさ、社会への抵抗と闘争を繰り返し、
どこにも安らぎがないような、苦悩に満ちた生涯を送るのですが、
最後には、多くの魂と共に生きていたことに気づき、
また離れた視点で物事を見ることが出来るようになり、
苦しみが苦しみでなくなってゆきます。


苦しみの表現2種(ともに最終章より)

親友オリヴィエの死後、打ち砕かれたクリストフの心。
あたかも落ち着きを取り戻してきたように見える中で、

---- バルザックは次のように言っている。
<本当の苦痛は、自分で作った深い寝床の中に、
見たところは静かに横たわって、あたかも眠っているように見えるが、
実はそこで魂を侵食し続けているのだ>



愛する女性グラチアの死を受け止め、
悲痛を受容したクリストフ。

-----  苦悩もまた一つの力(制御された一つの力)になるという点にまで
彼は到達していた。
苦悩はもはや彼をとらえていなかった。
彼のほうが苦悩をとらえていた。
時にはその苦悩があばれ出して、檻の格子をゆすぶることもあった。
だが彼はそれを檻の中に閉じ込めていた。

このころから、彼のもっとも悲痛で、しかし最も幸福な作品が生まれ始めた。




クリストフの生涯が幕を閉じる。(最終章より)
一生のすべてが昇華してゆく。

----- すべてはもはや、ただ一つの心でしかないのだ。
夜のほほえみと昼のほほえみとは、からみあっている。
調和だ。愛と憎しみとはおごそかに結ばれる!
二つの力強い翼を持った神をほめたたえよう。
生よ、栄えあれ! 死よ、栄えあれ!



聖クリストフは川を渡ってゆく。
かよわいけれども重い子供を左肩に乗せて。
川を渡ったクリストフが聞く。
おまえはいったい誰だね?
子供は言う。

----「生まれ出でようとしている日なのです。」



 ~ 世界文学全集「ジャン・クリストフ」 著者:ロマン・ローラン 翻訳:新庄嘉章 より~





この本は理想主義文学と分類されるようですが、
今、手に取ってみると、その名称には、ちと?かも。
理想主義の面もあるのかもしれませんが、どちらかというと反骨精神に満ち満ちていて、
まるで抵抗主義でもあるかのような・・・・・・?
 


長編もので、この種の長文学は今ではあまり人気がないと聞きますが、

生き難い現実の前で、立ちすくむような際、
生きることは素晴らしいことだと呼びかけ、
励まし、勇気づけ、足元を照らし、
闇しか見えない道にも燦然と明かりを灯してくれる・・・・・、
そういった励ましの書と言えるのではないでしょうか?
少なくとも、15歳の頃の私には、そういう役割を担ってくれた、まさに魂の火の書だったと思います。

( 思春期の初めの頃に出会い(13歳ごろ)、
本格的に読んだのが、その峠にさしかかっていた15歳で、
生死の方向付けさえ変えてしまう程、影響を受けたと言って過言ではないと思います。
登場人物達と同じように、私も生き難い苦悩を抱えていたかな~。

本はいつも手元から離さず、何十回読み返したかしれない程で、
一冊づつ箱入りですが、箱も表紙も頁に挟まれた糸しおりなど、大変な手垢汚れとなっています。
行間の向こう側を観るといった深い読み方を覚えたのも、この本によってでした。

16歳のある日、
クリストフから卒業するという意志を示した、
”船出の詩”というのを書いて、(若者らしいでしょ。笑)
自分なりに感謝と卒業の意味の心の儀式を一人行い、
本は閉じられました。

が、思い出を詰めた記念碑的なこの本は、
永久保存で大切に?(タンスや押し入れの奥や実家の物置などを経て現在一応書棚に)
仕舞われているのでした。)




お若い方にこそ読んでいただきたい本です。
読むのも体力要りますしね。
こうした長文学は、若さ満ち溢れた体力でこそ、どうぞ・・・・・。(苦笑)




「ジャンクリストフ」に触れているブログ様一例
 
 → 『ジャン・クリストフ』は、どこへ消えてしまったのだろう?



今、発売されている本
(写真をクリックされますと、アマゾンのコメントが読める頁が出ます。)
 
ジャン・クリストフ 全4冊 (岩波文庫)ジャン・クリストフ 全4冊 (岩波文庫)
(2003/09/09)
ロマン・ロラン

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このジャン・クリストフの壮大なヒューマ二ズムや叙事詩性に触発された私(当時)は、
その後、トルストイやドストエフスキー、ゲーテ「ファウスト」やダンテ「神曲」、
ギリシャ神話やギリシャ悲劇等々・・・・・・、
古典叙事詩や大文学と呼ばれるものを、次々読みふけるようになります。
なので、この本は、当時の私の新しい読書チャレンジに向けて、大きく入り口を開いてくれた
キー書であったという面もあります。







~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~




  

と、ずいぶんと古い本を引っ張り出して・・・・・・、
とにかく懐かしいです。
懐かしいところで、人間界に戻れた感有りの私なのでした。(笑)


皆様も(お時間がなかなか取りにくいかもしれませんが、許す範囲で)
この本とは言わず、小説も、たまにはいかが?
(ただし、魂に善き刺激やビタミンになるようなのにしてね。
さわやかな感動とか・・・・・になれば良いですよね。)


ことにスピリチャアルが過ぎて、どうも着地感が薄くなっているようなとき、
良い気がします。


もち、そんな訳のわからない理由ではなくってもね。(^_-)-☆























本を通して
2011/10/12

マシュー君のメッセージ49 & AAマイケル9月メッセージ  etc

 


soratohigannbana2011-1012.jpg

空を見上げる?彼岸花。

ご近所でも、彼岸花が、真っ赤に燃えたっているのが、随所で見られます。
秋を彩る深紅の花・・・・ひときわ目を引きますね。

 


個人的には、この2、3日、
感情のアップダウンが激しいです。
今日は満月・・・・・・その影響もあるかしらね。
頭痛がするほど、耳鳴り&気分の落ち込みが・・・・・・・・・・あ、言えないレベル。



2012年で終わるマヤ歴は、実は今年が最終年という説は多いですが、
今年の10月の何日かが最終日という説もあるそうで・・・・。
 (大なり小なりの日付の誤差はあるでしょうから、何日とだけしておきます。)


そして暦にない新世紀が始まる、あるいは、もう始まっている?

どちらにせよ、大変な時代に居合わせているものですね・・・・・・私達。

すべて、魂の合意の上だそうですが、
 大天使ミカエルからの情報によれば。



こんな時なので、心身にもさまざまなパターンで影響が出ても、当然と言えばそうかもしれませんね。
頭痛、耳鳴り、感情のアップダウンぐらい軽い方と言えるかも。(苦笑)




この時代を、意識を上昇させつつ、しなやかに、超えてゆくために、
マシュー君や進化したETたち、
たくさんの大天使、マスターたちが、いろいろな方法で、私たちに手を貸してくれようとしています。


私が行わせていただいているアチューメントセッションもこの一つですが、

(アチューメントは、シンプルに言えば、
高次エネルギー(光体)チャネリング&伝達ということになりますかしら。
起きることは非常に複雑で、千差万別で、皆様の魂のオリジナリティーと言いますかしら、そうしたものに触れ、いつも感動させていただいています。)


言葉を使ってリアルに事の真相や宇宙の事情などを教えてくれる”チャネリング情報”も、
役立つ貴重なサポートの方法ですね。



ということで公開されている情報のなかから、
毎度ご紹介させていただいていますが、


マシュー君のメッセージ49
回を追うごとに、内容がシンプルにまとめられ、
だんだん完結編に近づいているように思えますが、皆様はいかがお感じになりますか?





Aマイケル(大天使ミカエル)からの9月メッセージ
スピリットの声が呼んでいます

こちらも、もう完結編に近づいているような・・・・。
言葉では難しく感じますが、超簡単に掻い摘んで言えば、
光であれ、光である、その辺をもう自覚して、しっかり目覚め、そして行動してね、ということになるかしら?
(要約し過ぎ?はい。 (* ̄ー ̄) m(_ _)m)

是非、ご自分でお読みになってみてくださいね。
文面からもミカエルの高度な波動が伝わるかもしれません。



~ 9月のロナ・ハーマンさん来日セミナーで、
AAマイケル(大天使ミカエル)のチェネリングに関して、
ロナさんは最大限波動を上げて行かれ、ミカエルは最大限波動を落としてくれ、
そして合流したスペースで、これらのメッセージがダウンロードされるということと、
高次の存在は3次元まで降りてこられないので、人間側が上がる必要があることを、話しておられました。

アチューメントセッションをさせていただいている私の感じ方も同じくで、
自分の波動を最大限上げることと、伝授者として何の妨げもないクリーンな通路になることの両方を、
(セッションに臨むにあたり)常に心がけさせていただいています。
自分が心がけていることと、結局同じなんだということを、ロナさんの口から直にお聞きして、
ちょっぴり安心、そして嬉しかったものでした。^^ ~





さて、私のHPも更新しなくっては・・・・・ですね。
このところ更新がなかなか出来なくって、
訪問して下さっている皆様、ごめんなさいね。
ねじを巻きあげて、またぐぐっと更新します、というか、予定ではあります。(笑)




ロナさんのお話に戻りますが、
自己を高める努力は常に必要ですと、真摯に訴えておられました。
私も真摯に受け止め、出来ることを出来る範囲でしてゆきたいと、強く思ったものでした。
会場では。(笑)

が、すぐに、人間として人間らしく? サボッて寄り道していたり、
アップダウンに巻き込まれたり、いろいろします。


こういう私に
知人の方が、ゆったりしたアシストの言葉をかけてくださいました。
「どんな瞬間も”後退”はしていないのだと思いましょう」と。

 --- ほど良いアシストを有難うございます。


どんな瞬間も後退はしていない
この言葉を、皆様にもシャアで送らせていただきますね。






それでは今日はこの辺で・・・・(^o^)/



それぞれの思いを、今宵、満月に託しましょう。




















宇宙
2011/10/06

ことばの徳   ショッピングにて  

 
 
p_kosumosu01208.jpg




急に肌寒くなりましたね。
急激過ぎて、衣服の支度が間に合いませんね。



ところで
10月始めは毎年迎える誕生日。
今年も迎えました。
年齢を重ねますと、あまり有り難くもないのですけど・・・・・・、
とりあえず、

ここまでよく頑張って生きたねと、ささやかな労いを自分に、

ということで (これが、ささやかかどうかは別して)
2,3日ゆっくり、自分ペースで遊び寛ぎました。


今年は全くしていなかったなと思うことを少し取り入れたくなり・・・・・、
たとえば、女性らしく、おしゃれ用ショッピングといったことも、
街に繰り出して・・・・・・うふふ。(^^♪



街の中心部の商業スペースの華やかさには目がぱちくりします。

(と言うと、まるでのどかな田舎暮らしみたいですが、
ま、似たようなものかしら?
ほぼ徒歩圏内の近隣で、日常の用は大体済んでしまいますのでね。
 それだけ、便の良いところに住んでいるということかしら?)





この数年というもの、
アセンション、変容、スピリチュアル云々・・・・・・・・と、
そればっか、意識が向いている気がします。
お仕事まで、その方向でさせていただいていて・・・・・・・。


それは大切なことでしょう・・・・・・・が、ちょっと、このところ浸かり過ぎ?


この地球界にいつまで居るのか?甚だ不明な昨今の情勢。
最後の人生になるのかもしれない・・・・・・・その一コマ一コマを楽しむことも大切ですね。
日常の暮らしの中で。

(普通でいられることの有り難さというか・・・・・そういう感覚も噛みしめたくもあり、
いつもと違う気分転換をしたくもあり・・・・・・(^_-)。)





何にしろ、お洋服を買うのは久々です。
クローゼットには大体何でもあるし、
用という面だけを考えるなら特には何も必要がないようなものです。
でも、それだけではね、なんか・・・・・・・ですものね。





デパートさんは、さほど混雑していませんでした。これも昨今の経済情勢の影響かしら?

混雑していないせいか?各ショップのスタッフの方がたの応対も、とても親切丁寧でした。


どのショップに行っても、
ちょっと覗いて見ただけでも、
ちょっと試着させていただいただけでも、


有難うございます。

有難うございます。

有難うございます。

 が、響き合っています。



ふと思いました。
スタッフの方々は、お仕事上のマナーとして、疲れながらも、そうおっしゃっているとしても、
そうやって、いつのまにか ”言葉の徳” を積んでいらっしゃるんだなって。


接客中、終始、最大級の気遣いをなさるのも、なかなか気苦労のことでしょうが、
立ち寄ったショップのスタッフの方々は、皆さん素敵な、素敵な笑顔でしたよ。



私もつられて言葉の徳を一つ積ませてもらいましょう。
応対して下さったすべてのスタッフの皆さん、
”有難うございます。”

おかげで満足のショッピングになりましたよ。^^






と、久々に、お洋服やアクセサリーなど新調して、
おしゃれ女心を浮き立たせて気分転換したAyaでした。(*^_^*)












☆-----------------------------------
10月8日追記







亜さま

いつもコメント有難うございます。


季節の変わり目は、おしゃれ心も浮き立ちますね。


浮き立つ自分がまだ居てくれることも嬉しいです。
 女性として・・・・・(#^.^#)。

日常が、普通に日常であることも、有り難いなと思えます。


日々の日常を大切に楽しみましょうね。(^o^)/































暮らしの中で ~あれこれ~
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