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2016/02/24

最善とは?   &   最善意識を手放す

 
 
 
 
1601atuta.jpg
日暮れの熱田神宮
(第二鳥居)

1月の撮影です。
混雑を避けて大寒中の初詣。




前記事に続き
個人的つぶやきです。

~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*




最善とは、

常に変化するものです。


今日の最善が明日の最善とは限りません。

過去の最善が
今の最善とは限らないのです。



前に、この選択が最善だったからと、今もそうに違いないと思い続けることは
たやすいこと。ですが、

たやすいのが、いつの間にか
過去の規定に囚われる”執着”にならないようにしたいものです。



過去に最善と信じた選択も
時に、
手放す勇気を

自分に許すことも必要かと。




ですが、それがとっても辛い場合もあります。

また、多様な要素が絡んで、簡単ではない、
そういう場合もあります。

が、それもまた良しかと。
いつも最善ばかりを求める必要もないのではないかと。



最善ばかり求める必要はない、と思える心
これこそ最善かもしれません。





普遍性とは
変化です。

止まっていても、実は止まっていません。


何かに拘っていて、あたかも止まっているかのようでも
止まってはいません。(時間のように。)

また、拘りを抱えているのは自分です。

が、だからといって自分を責める必要もありません。

溶けない氷はないように、
どこかで、その拘りが嘘のように紐解けたり、あるいは溶けてゆく、そういうタイミングも有るでしょう。


それを待ち、機に任せるのも、
これは昔から知恵として言われる最善の選択のひとつですね。





何にしろ
心柔軟でありましょう。


柔軟心で
最善という言葉(意識)も手放してみましょう。


そうしたら、
空が一層青く青く澄んで、拡がるかも。




手放す必要があるのは、
最善を求める希求意識であることも
時には有りかと。

(ただし、最大限、最善への尽力をした後かな?
”手放し”で、大いなる祝福が起きるのは・・・・・・・・・・・・・・。)





~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~






ふと考えたことや
よぎる感情を
いつもは
日記に手書きで記すのですが、
(手で書くのは頭の整理にとても良いので・・・・。)



今日はこちらに、つらつらと記して見ました。

(離婚問題に直面して悩んでいる弟のことを考えつつ・・・・・・・・・・・。)





脈略ないみたいで、
お目汚しで失礼しました。












 
 








つぶやき
2016/02/06

光の道とは?

 
  
 


kiku_4.gif 

今日はひとり言、つぶやきです。^^



~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~



光の道とは


日常の中の一瞬一瞬の中にあります。
遠くにあるものではありません。

今歩く道は光の道では無く、
何かをしたら、あるいは何かのきっかけで、未来に光の道として新たに開く、のではありません。
今すでに光の道を歩いているのです。
どの人も。

それが、とっても暗く感じていても・・・・・・・・・・・・・・・・・。


(とっても暗く感じているとき、今、光の道を歩いているなどとは感じられないのは当然です。
当然の感情は素直に受け止め、正直でありましょう。)




悟りとは

今が悟りだと気づくだけの事です。
シンプルです。
遠くに悟りの世界があるのではありません。

私たちは実は悟りの世界から生まれ出でた、悟りの存在なのです。

とっても嫌な人物を演じていても・・・・・・・・・・・・・・・・・。
たとえ残虐なサイコパスでも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


と、これを言うのはかなり辛いです。
感情が反応します。
辛いと感じ、感情が複雑に反応する私はまだまだ第3密度で修行中の人間です。


だということを認め知り、
嫌なものは嫌だということも素直に認め、言うことにします。
正直でありたいものです。




と、このようなことを考えていたところ、
現在ライタリアンレイを受けて下さっている或る方からのメールの何気ない一文に
まるで燦々と光降り注ぐかのような感覚を感じたのでした。


「今日は、育てている薔薇に新しく芽が出てきていたので剪定をしていました。春を感じるひとときです。」



たったこれだけです。
でもこれで十分でした。
燦々と降り注がれる光が、手に受け取れるほど実感的に感じられた気がしました。


(光はどこにでもあります。
誰にでも降り注がれているはずです。
気付くか、気づかないか、あるいは気付けないかの、ほんのわずかな違いで。)





日常の中に光有り、光有れ。
小さき物に、小さな隙間に、光を見いだせるものは幸いなり、

などと自分に言い、一人つぶやいたのでした。





~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~





写真は、
早春に咲く
通称、春告花 (キクザキイチゲ)


お花は
光の道に咲き、
光の道を彩ってくれながら、共に光の道を歩む優しく素敵な仲間たちですね。


16harutugenbana.jpg

 ~フォト:「壁紙村」様より~






立春が過ぎ、最初の土日です。
皆さまどうぞ良き休日を・・・・・・・・・・・。


















つぶやき
2015/12/31

大晦日のひとり言



 
 
 
あな不思議

眠っている間に
新しいセッションイメージが湧いてきましたね。


(沸いてきたというより、
眠っている中で、何かしらと話しをするようにしながら、
会議みたいに・・・・・・会議に参加しながら、ふむふむ、そうだな、でもその場合は云々等と考えていた感じ。)



今までも幾つかのアイデアが浮かんで消えるのですが、
このイメージは実行しやすいかも。


やってみる可能性有りかな?



昨日のカードのように
「卒業」、「浄化と好転反応」が

現時期、何らかの方向で(まだその方向が明らかではないのですが、)
起きているのかしら?




昨日書いた、落ちた穴も
ギフトだったかも・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



かも、や
かしら?としか
まだ言えないけれど、


昨日より、すこし元気になりました。


掃除や、賀状は正月にかかります。



食は外せないということで、
黒豆や正月用料理を作りつつの今でした。



















つぶやき
2015/12/30

年末のひとり言


 
 
年末の用事で大わらわですが、


心身ともに、
クリスマスを境に
大きくダウンしています。

突然落ちた、この穴は

何なのだ?

深い。




賀状が作れません。
新年おめでとうという当たり前の言葉に、向き合えないのです。
なぜか拒否反応。

友人知人の方で
このブログを読んでくださっている方、
遅れますことをご了承ください。



明日に向かえない気持ちもあって、

ギャラクティック・ルーツ・カードを引いてみますと、
「卒業」と出ました。

卒業なら嬉しいけれど、
ワクワクはしない現在。

ワクワクしないその意味を聞きながらもう一枚引いてみると
「浄化と好転反応」ですって。

ウ~ム?????




取りあえず、今夜は眠ります。
明日元気になったら、賀状を作ります。


この分だと大掃除は正月までかかりますね。




今日は黑豆の下ごしらえをしました。
明日(大晦日に)煮ます。
母に教えてもらったレシビによる母の味です。
その母に食べてもらうために・・・・・・・・・・・・・・。




明日、元気にな~れ。






















つぶやき
2015/07/29

蜂を見て   転生やアセンションの事などをふと。

 

 
 
蜜を採取する蜂

1507hati.jpg



小型の蜂が熱心に花の密を採取していました。
人影やカメラのシャッター音など全く気にならない様子。
 食事に忙しいのだ!?




カメラで追いながら、蜂さんのそんな様子を見ていたところ、ふと、

蜂はなぜ蜂になったのだろう?
などと、思いまして・・・・・。



きっと、この子も、どこからか転生してきたのでしょう、
何かしらの意図を持ち・・・・・・・・。



この子は、蜂になる前のいわゆる前世は何だったのかしら?
宇宙人だったかも。(←飛躍しすぎ?)

あるいはどこかの国の王様だったかも。

王様が虫に生まれ変ることなど有り得ない?

いえいえ、
一つの生の中で出来なかったことへのあこがれや、失敗へのやり直しなど、様々な理由で、
次なるステージへの冒険やチャレンジは、したくなったり・・・・・・・・・、するようですよ。
もし、チャンスがあるならば。

なので、しごく単純な比喩で、例えば長寿でお城の中で大事にされた王様だった場合、
短命だけれど美しく良い香りを放つお花の間を自由に飛び周れる蜂になって、
さあ元気に飛ぼうと意図して生まれてくる可能性だって、有り得るのです。
もし、この王さまが花をこよなく愛していたならば。



花と蜂は互いになくてはならない関係ですね。
蜂は花の花粉を、自由に飛び回れない花に代って遠くに運び、
花は蜂に蜜を与え身体を支えます。
見事な共存です。





と、余談はさておき、


転生のプロセスには
どのようなパターンにしても、それぞれすべてに尊い意味があります。

何の意味も意図も目的も無く、
漠然と、今この世というところに生れて来ている訳ではないのです。


蜂や蝉や蜻蛉やでんでん虫といった・・・・・・小さな昆虫達も、
あるいはもっと小さく歓迎もされないダニやノミやシラミと言った類の虫たちも、

その短い一生を、転生の一サイクルの中で生き、
転生を繰り返す場合も繰り返さない場合も、
光(ワンネス=すべてはひとつ)への道を、
言い方を変えると、アセンションのプロセスを、着実に歩んでいることでしょう。



転生のプロセスの中での、
その一瞬の形ある現れとして、
小さな虫という生命体となって、
この地球界の”今”に、今は出現しています。

そして、与えられている命の領分を、懸命に生きています。
たぶん、人間よりずっと純心無心かつ一生懸命に。




彼らがそうしたスピリチュアルな仕組みを知っているかどうかは判りませんが、
形が違うだけの同じスピリッツ仲間として観るなら、
知っているのかもしれません。
もしかしたら、人間よりずっと高い意識レベルで、エーテルの世界もこちらの世界も知り尽くした上で、
何らかの意図で、昆虫という一生を選びチャレンジしているのかも・・・・・・・・・・・・・・・・。



知らぬは人間ばかり・・・・・・・・・・・・かも。





と、そんな風に思うと、
あまり歓迎されない虫、たとえばダニやシラミやetc・・・・・・・・などへも、
違った見方や反応の仕方が出来るのやもしれません。


とはいえ、
共存は何かと難しいのが、現実ではありますが・・・・・・・・・・・・・・・・。






今、地球界は、自然界も人も動物もまるごとアセンションしつつあると言われています。
(※ アセンションとは、意識の底上げであって、到達点ということではありません。)

一説では数百年かけて、また一説では2、3千年かけて、
いわゆる弥栄の時代(愛と調和に満ちた黄金時代)を、迎えるとされています。


数百年や、2,3千年かけて・・・・・?
そんなに待てない?
そうね、でも
直線状に考えられていた”時”の概念も変わる、または無くなるという説もあるので、
意外とそうでも無いのやも・・・・・・・・・・・。




そしてアセンションした遠いか近いかの未来を想定したとして、

調和に満ちた平和な地球・・・・・・・・・・・・・、実際そうなるかどうかは不明としても、
何にしろ、アセンションした未来の地球に、
愛らしい昆虫や、
今の世では共存しにくいダニやシラミ、大スズメバチや毒蜘蛛や
細菌やウイルスも居るのかしら?


居ても
互いに影響されず、平和に共存できるようになっているのかしら?



想像はしにくいですが、
私たち人間の現時点の視野では想像が及ばない世界あるいは状況が展開してゆく・・・・・・・・・・・
可能性だけは、
否定できませんね。




そうそう蜂と言えば、
ミツバチが大量に消えてしまったということが、世界では何件か報告されているようですね。
それについても、蜂たちが先にアセンションして別次元に移行したという説もあります。
真偽は謎ですが、もしそうだとするなら、
未来地球への先行でしょうか?






ところで、、
食事に忙しそうなそこの蜂さん、ホイホイ、君、君
この地球での今、一緒に居てくれてありがとう。

そうして未来地球では、また会えますか?

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つぶやき
2015/06/29

花に寄せて


 
  
 
雨上がりの紫陽花
近隣にて。


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花には

水、土、空気、光、のエレメントが凝縮しています。

人ごみの無い場所では精霊たちも宿ります。

花の香り立つその懐で、精霊たちはダンスをし、歌も歌います。






時に、花に、ふっと、ささやかに感動します。



花は、
何も語らず、

多くの昆虫を養い、
(精霊達にも集いのスペースを提供し、)

人々の目を潤おし、心を楽しませ、
身体を癒し(アロマやパッチフラワーレメディや薬草など)

時には人生の在りようを、
黙したまま示し、

尽きれば、落ち、土壌を養います。





花は
”我は我たるもの” とさえ、
言いはしません。

(※ 我は我たるもの: 旧約聖書でモーゼが神に名を訪ねた際、神が答えたとされる言葉。
ヘブライ語日本語カタカナ表記で、
エヒエー アシュー エヒエー
イニシャーションなどの儀式内や、ヒーリングのトーニングでもよく使用される言葉。)





花は
語れないのではなく、語る必要がないのだろう。


花は
神の造形の一つ、(すべての存在が実はそうではあるけれど)
そして、常に、そのものと言えるのではないだろうか。


花は
神の現れの、ひとつのかたち・・・・・・・・・・・・・。


語る必要がないのは、
そのものだから・・・・・・・・・・・。






花のようで在りたい、が
この荒々しい人間社会で生きる身には、なかなかそうは出来ず・・・・とも

一日の中のほんの短いひと時でも、
花という神の造形と、心を合わせたい。





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お読みくださって有難うございます。

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つぶやき
2015/04/13

霊数9の年  数秘術と私の奇妙な関連

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ご近所の桜
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☆∴∴∴∴∴∴★∴∴∴∴∴∴☆∴∴∴∴∴∴∴★



ところで、唐突ですが、

数秘術では
人生を数で占います。

その霊数9の年は、
終わりという出来事が発生しやすくなります。

数秘では9年を一周期としていますので、
9の次は1となり、
1は始まりの年です。

9で起きる終わりの出来事は、始まりへの準備という捉え方も出来ます。



私の今世の人生はすでにそれなりに長いので
この霊数9の年を何回も繰り返してきたことになります。

そしてこの9の年を何事もなく平穏に過ごせたということは、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
・・・・・・・・・・・・、
・・・・・・・、


一度も、無かったような。



大小ながらそれなりの苦しみ、難義、死を見つめる程の大きな苦難、悲しみといったことを、
いちいち経験し、
そこから立ち直るのに、その後何年もかかったりしました。


そう・・・・・・・・・・・いちいちです。

山を越えると次の山が現れるように・・・・・・・・、
9年周期にです。
険しすぎてとても越えられそうにないような山だったことも。
登山のつもりではなく、ごくありきたりのつもりの人生ワォーキングで、
死にかけましたね~、幾度も。




それでも振り返れば、本当に不思議がいっぱいでした。
不思議に取り巻かれ、
不思議に導かれ、
そうしてまるで奇跡のように立ち直ってきたと言えます。
ふと気付けば、すでに険しい峠は越えていて、
まるで何事もなかったかのように平和に、次のステージを生きていた・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
だいたいがそんな感じだったかな?


その陰では、
いつも善き人たちとのご縁が何らかの形で必ずありました。
不思議は、助け人を不思議な形で呼んでくれました。




いろいろ書くのは苦手。
なので止めておくとして、

奇跡とは、人生の今、無事であることがそもそも奇跡ではないでしょうか。





この霊数9の年の、今が、ど真ん中です。
今のところ、特別変わったことは起きていませんが、
一瞬先は判りませんね。


何があっても大丈夫、
どんとこいやと思うほど、タフではないし、達観の境地にもあいにく成れていませんが、


大きな変化の、次のステージに向けて
まわりの守護天使やガイド達がサポート準備に動き初めているらしいのは、
気のせいか、肌で感じています。



4月4日にふいに参加したエンジェルパーティは
その一つの動きだったと思えています。

何らかの意味を秘めて、

呼ばれたな~と。




何にしろ、
出来れば平和に安らかに、
私にとって、曰く付きのこの霊数9の年を無事に越せるよう、
天使らに最大最前のサポートを、頼もうっと。(ーー;




9の年を、
試練(テスト)と躍進の年と捉えることも出来ますが、
テストは楽でワクワク楽しいぐらいが良い良い良い。(^_-)




☆∴∴∴∴∴∴★∴∴∴∴∴∴☆∴∴∴∴∴∴∴★





霊数の調べ方は数秘術のサイト様でお調べくださいね。
あるいは身近に専門家がいらしたら、
(興味が有るなら)相談されるのも良いでしょう。
案外ピタリと当てはまったりしますよ。


私は20年ぐらい前に、とても辛いことがあった時に、
海外の或るヒーラーの方に相談し、その方から少し学び、後は我流です。














お読みくださって有難うございます。

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2015/01/19

「マグロの大量死」の件から

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折しも、
阪神淡路大震災の辛い記憶の日の前後ということもあってか、
「マグロの大量死」という言葉だけで
災害への前兆ではないかと、不安や恐れが増強されるようですので、ここにあった「マグロの大量死に寄せて」という、騒音によるストレスと絡ませての記事は、一旦引き下げ、少し視点の違う内容に差し替えることにしました。


葛西臨海水族園で今も続いていると報道されている、マグロたちの大量急死に関しましては、
原因が解明され、
善処されることをただ祈るばかりです。


マグロのような大洋での回遊性のある大型魚を、
水族館に展示ということがそもそも無理があったのかもしれませんが、
それだけではないかもしれません。
原因は調査中とのことで外野からは判らないことではありますが、

今現在、地球規模で変化は起きています。
今まで良かったことが急に適応しなくなる・・・・・・・、
そういうことはこれからもいろいろと発生してくる可能性はあります。
前向きな見方をするなら、新しい次元の視野が開かれて行く課程と言えなくもないでしょう。




マグロたちは何かを訴えているのかもしれませんね。
私たちの心がもっと開き、マグロたちの声なき声も、ハートで受け止められたら素晴らしいでしょうね。

 そうしたら、魚は食べられなくなりそうですが・・・・・・・・・・・・・・・。


が、いつかの未来には食が必要なくなるのかもしれません。
その可能性は無いとは言えないでしょう。




~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~




下記は久々にチャネリング情報のご紹介です。
信じる信じないはご自由にどうぞ。
信じるとしても、何事もそうですが、盲信はいけませんよね、
そういう観点もお持ちの上でお読みくださいね。


マシュー君のメッセージ97

(マグロのことに触れている訳ではありませんが、
最近の国際的事件ついて触れられています。
最後の部分はちょっと入れ方に無理がないかな?の感も、
無きにしもあらずですが。(笑))


一部転載
----------------------------------------------------------
マシューです。
この宇宙ステーションにいるすべての魂たちから、こころからのご挨拶をします。最近の出来事について話す前に、今年1年を通して波動エネルギーが高まって来るために、重大な出来事の起こるスピードと数が増えることをまず言いましょう。地球の可能性のエネルギーの場が休みなくつづく花火のように見えますが、それはライトワーカーたちのはたらきと、あなたたちのために強化された宇宙ファミリーの活動によって加速された光の勢いを反映しています。
~以下略~
-----------------------------------------------------------
続きは
「玄さんのリモ農園ダイアリー」様のほうでお読みくださいませ。






なるべく平和裏に、そしてなるべくなら一日でも早く、
より高い次元での平和と安心で、この地球界が満たされますよう、祈ります。


















 
つぶやき
2014/04/26

君が代  光あれ

 

知人に紹介されたS-aeko様のブログを訪問し、
あれこれ読ませていただいている中で、
こんなのを見つけました。


君が代の替え歌です。


現代社会は
スピ的にはどうであれ、実社会の世相は荒れに荒れている気がします。
政治も社会も、目を背けたくなることだらけです。
ニュースは目にするだけで気が重くなります。


ですので、
なんだか、嬉しくなったのでした。


~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~



キミが創った新しき世界は

遥か永久(とわ)に

ダイヤを散りばめたように

まばゆい光となって

天地人(あまつちひと)から溢れているよ





原文:君が代


君が代は

千代に八千代に

さざれ石の

いわおとなりて

こけのむすまで




“光珠”の最新の構造ができたら、君が代の歌がこのように出てきました。


~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~
転載 「光の遊星」様より



このように、
ダイヤをちりばめたようなまばゆい光が、
全ての存在から溢れているのが見られる、
そんな未来がきっと有ると信じたいですね。


ちなみに(替え歌の方は)歌うには歌いにくかったです。(笑)


歌ってみますか?
日本国:国家 君が代を。


長年そんな気はなかったのすが、改めて歌ってみると
なかなか味があって良い歌ですよ。
 ちょっぴり見直しました。


kimigayo1404.jpg

 
 ~楽譜 ウィキペディア様よりお借りしました。~














つぶやき
2014/04/23

昨夜のこと。 グランドクラスの影響???



 
昨日~この2、3日は天体の動きが
グランドクロスと呼ばれる配置となります。
微妙ながら何かと影響があるとされるこのような日に
皆さまはどのようにお過ごしになられてますか?


昨日の私は全く変な具合でした。
夕方少し前ぐらいから、変な眠気に襲われ、
それは全くもって、余裕のない睡魔で、いきなりバタッと倒れそうな、
何と言うか、説明が難しいのですが、フワリとした眠気ではなく金属的・・・・、


セッションを受ける際には、多くの場合に
眠気に吸い込まれたりします。
が眠気にもいろいろタイプがあります。

そのタイプをセッションを受けた際のことを思い出して考えると、
ザラザイエル・ヨヴェルさんのリモートセッションを始めて受けた際の感覚と似ていました。

あの時(リモートセッション初体験の際)は、
セッションは深夜だというのに、その日の日中から、
道を歩いていてもバタッと倒れそうなもの凄い眠気で、

何をしても倒れそうで、
夕方、食事も入浴も(倒れないよう)手早く済ませて、
ほうほうの体でベッドに飛び込み、横になったものでした。
(セッションタイムには、外科手術的な音や不思議な話し声まで聞こえて、今度は眠れなかったのですけどね。)


その時の睡魔とタイプとしては似ていました。
違うのは、昨日そういったセッションの受け予定はない!ということで。


ハハー、もしやこれはグランドクロスの影響かもと思いまして、
早々に休もうとしたのですが、
眠気の凄さは食事すらままなりませんでした。
眠気といったものか、意識が切れ切れになっているかのようで・・・・・、
(実際ぶつぶつ眠っていた、食事中にも。)


で、就寝すると、深夜1時ごろですが、
何か、目の前にちらちら動く光を感じて、はっと目をさますと、

その光が小さな閃光を放ちながら、すっと
サードアイに飛び込むが見えたのです。

あっと思う間もなく、
私の顔が上下に延び、顎ががくーんと下がり、馬顔になった感じが・・・、

すると同時に
抑えつけられるような睡魔で意識が消え、

再びハッとして目覚めると1時半で、
さほど時間は経過していませんでした。が、

その後今度はすっかり目が冴えてしまって、なかなか眠れず、
(何じゃ、あれ???と思ったりしつつ)

で今日はぼんやりです。


結局、それだけのことですが、


あの光は何だったのだろう?と
今も思うのでした。



と、予想しないことが起きるのは常のこととは言え、
意味不明で少々戸惑った私のグランドクロス・デイの夜でした。


















つぶやき
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