2015/01/01

なんばんめ?  ある子供の詩より 

 
 

  
 1511kazari1.gif
明けましておめでとうございます。


雪が時折混じる空模様です。
顔に当たる空気の冷たいこと・・・・・・・・思わず身がすくむ元旦の朝でした。
皆さまはどのようなお正月をお過ごしですか?



今日は素敵な詩をひとつご紹介させてください。
 (当時小学一年生の子供の詩です。)


この本からの抜粋です。

あなたにあいたくて生まれてきた詩あなたにあいたくて生まれてきた詩
(2000/11)
宗 左近

商品詳細を見る


この本は
文庫本にもなっていて、

こういう風に

あなたにあいたくて生まれてきた詩 (新潮文庫)あなたにあいたくて生まれてきた詩 (新潮文庫)
(2004/07)
宗 左近

商品詳細を見る


本の読者レビューに、子供の詩が素敵だと書かれています。
同感です。(大人の詩も、もち素敵なのですが。^^)


詩だけを読んでもハッとするものがありますが、
ここでは本の編者(宋氏)の解説も一緒に転載させていただきます。


~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~


なんばんめ



 おかあさんは

 なんばんめに生まれたの?

 ( 東京のおばちゃんが

 一ばんめ だから

 二ばんめよ )

 ちがうよ

 にんげんが海から生まれてから

 おかあさんは

 なんばんめ?




 ~ 1991年 熊田 亘 作 (当時小学一年生) ~



--------------------↓ 解説より


 さあ、新年です。初詣では何をお祈りなさいますか?
「家内安全」ですか。それとも「地球安全」ですか。

 この宇宙は、生まれてから二百億年。その星の中の一つ、
地球は生まれてから四十五・五億年。
ずいぶんたいへんな時間です。
その地球に、海の生まれたのが三十八億年前といわれます。
間もなく、その水の間に点る生命の灯り、生物が発生するのです。
そこに始まる何という遥かな道のりでしょう。

 ところで、わたしたちの銀河系宇宙には、いったいどれほどの数の星がありますか。
なんと二千億です。そして同じ数の星をもつ宇宙がほかに二千億あるのです。
付け加えます。その二千億の自乗の凄まじい数の星のなかで、
生命のいる星は、確実なところでは地球だけ、と報告されています。

 作品「なんばんめ」のお母さんは、
そしてみなさんは何番目でしょうか。
いいえ、人間だけではなくて、この星のすべての生物のなかの。
それを思えば、ぼおっとします。
二百億年の時間の尖端の灯り、それが新年なのですね。


 ~ 文: 宋 左近 ~



~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~
 転載ここまで




近年では、
天文分野や宇宙科学の世界でも
地球以外に、例えば火星に
生命活動が成された痕跡があることが、判明しつつあり、検証されようとしていますね。

またETさんも多様な種族があるようで、それも次第に検証され?つつ?あるようですね。^^:


そして今私たちの住むこの地球は、人間の視野から見ると大きそうで、
でも宇宙の中では実はとっても小さく、
とっても繊細で、
私たちと同じように呼吸をする、私たちと同じような生命体の一つです、
という捉え方が、
まだまだ一部の人かもしれませんが、それでも以前と比べると各段に拡がっているようですね。



とても繊細で優しいこの地球さんの圏内に、
わたしたち、私そして貴方が、
地球上の生命体として生きるという冒険にやってきたのは、はてさて、これで何回目?





と、話がやけに勝手に飛びましたね。f(^_^)
お許しあ~れ。




現実に視点を戻して、
皆さま、どうぞ良きお正月を・・・・・・・・・・・・・・・・・。1511koma2e.gif
















詩より
2013/04/27

心に風が吹き、かかとに炎が燃えている ターシャ・テューダーと家族が愛する詩


 
 
早いものでもうゴールデンウイークなのですね。

(例年と比べると少し肌寒い気もしますが、
こんなものだったかしら?まだなんとなくウールを羽織ったりしてますが・・・*_*;)


皆さまは、どんなふうにこの大型連休をお過ごしのご予定ですか?




~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~




さて、今日は可愛らしい本のご紹介です。

↓温かみのある愛らしい・・・・・絵本風の詩画集です。
挿絵はターシャ・テューダーさん、
ターシャさんの絵は温かさがあって・・・・・心の疲れたとき、ホッとしたいときなど、良いです。^^

心に風が吹き、かかとに炎が燃えている―ターシャ・テューダーと家族が愛する詩心に風が吹き、かかとに炎が燃えている―ターシャ・テューダーと家族が愛する詩
(2001/03)
ターシャ・テューダー

商品詳細を見る



ターシャさんが子育ての過程で4人の子供たちに読み聞かせてきた
ターシャ家にとって思い出深い62編の古い詩に
ターシャさんの温かみのある童画風の絵が添えられ、絵本風詩画集として装丁されています。

私の大好きな絵本の中の一冊です。




詩は古いので背景となっている時代が違うとは言え、
現代の、
何やら????の世相にげんなりするようなとき、手に取ってみたなら、
きっと心に風が吹き、柔らかに和むのではないかしら?



詩を一部抜粋




さんざしの実


種------この小さきものの中に
輝ける栄光を宿らせる
  その考えのやさしさ
  行為のふしぎさ。
木の実-----海の下のサンゴにも似て
赤い赤い色、
木の実、指輪よりもなお丸い。
丸という形、あらゆるものを取り込む
赤という色、人間の血ぜんぶを合わせても出せない。
この小さき実一粒、手にのせていたら、
かんばしの香りがひっそりと野を渡ってやってきた。
真っ白な花盛りのさんざしの木を
わたしは見た、冬のただなかの天国。


  メアリー・ウエッブ 詩



美しい四つの月


四月が温かな雨を道連れにやってきて
寒気をはらい、早い目覚めの花をさそう。

あとから、微笑みの五月がやってくる
いっそう楽しく、はでやかに装いをこらして。

つづいて六月がくる、宝物をたずさえて
前の二つの月より、さらにいっそう多くの。

またつづいて七月がくる。
豊かな恵みをたずさえて
前の三つの月より、なおいっそう多くの。

  ロバート・へリック 詩
 



ゆとり


もしも この人生が 心配事でいっぱいで
ゆっくりと立ち止まって 眺めるときがないならば

木陰に 足をとめて 眺める、牛や馬たちのように
ゆったりとした時の流れのなかでいつまでも

森の小道で足をとめて 眺める、 草むらを
リスがちょろちょろ くるみを隠そうとしているのを

真昼の太陽のもと、 足をとめて 眺める
小川の流れに 星が銀河のように光っているのを

美しい人と目が合ったら、足をとめて ふり返る
足の運び、脚線の美、 その踊る姿が心に浮かんでくる

美しい人の目に笑いの影が見えたら 待つ
口もとが花のようにほころびるのを見たいものだと

もしも、人生、心配事にかまけてばかりで
立ち止まって眺めることがないならば、ひどく貧しい。


  ウイリアム・ヘンリー・ディビーズ 詩





~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~


と、本ではこんな感じの詩が続きます。^^







ご近所では、あちらこちらで”さつき”が満開で華やかです。

130422satuki2-3.jpg






皆さま、どうぞ充実したゴールデンウイークをお過ごしくださいませね。


























詩より
2013/01/26

万葉を超えてゆくのです ・ 八木重吉詩集「花と空と祈り」より

 

 
 
雨後の蠟梅

雨水を含んで、出来たてのゼリーのよう。
撮影日 1月22日

130122roubai1.jpg




~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~




 
検診のため、病院に行きますと、
待合空間に八木重吉さんの詩が大きく掲げられていました。
(重吉さんの詩は癒しの詩ですものね。)


家に帰ってから、詩集を引っ張り出し、
その詩を探してみたけれど、見つかりません。


それでも久々に、
明治から大正の時代を生きた若き詩人の心に触れることが出来、
懐かしくもなり、
一部シャアご紹介します。





--- 八木重吉詩集「花と空と祈り」より----



 大正12年~14年



***


この白い路 を
うつむいて 歩むのは
わたくしで ある!

そして
わたしは 考えた

考えが 尽き
路も 尽きたとき

白い
雲をみた



***



空のように きれいになれるものなら
花のように しづかに なれるものなら
(あたい) なきものとして
これも 捨てよう  あれも 捨てよう



***



霊感は
こころの花

悲哀(かなしみ)
こころの蒼空(そら)



***



ひとをいかる日は
みずからのこころをみつめる
みずからのこころをいきどおる日
その日は そらをみる



***



きらいなものは
きちんとした金持ちの花壇
白々しい砂ばかりの土



***



花をみて
うれしめば
おごらず
いらだたず

わがあいするもの
やがてきゆ
われもまた
じざいなり



***



すこやかなものが
むねにたまる日のちからづよさよ
木のちからが
葉に化(な) ってゆく
そのさやかな転生(てんじょう) のこころをかんずる
その日には
山をさえうらやまず
季節のすすむように自在にあゆんでゆく



***



さまざまの
ほのおよ

草の葉という
人という
あかんぼという 花という

しずかな
彫られたような
さまざまの ほのおよ



***



なにゆえ
草はうつくしきか

みずからのすべて
みずからによりてつくられしゆえなり

なにゆえ
にんげんはうつくしからぬか

みずからならぬもの
みずからのうちにあるゆえなり

いっぽんのくさのうるわしさは
ひとつのほのおのうるわしにかよう

くさの葉の
そのかたちは
つくりぬしの
こころながるる そのすがたなり



***


みじめなものというのは
ひくいところにおるひとではなく
すすむことのできなくなったひとです



***



むげんなるものは
夢にのみかんずる
しかしながら
夢としりつつ夢見る
うつろなるわれなることもあり



***



わが児の
おもいが悪であっても
その父のむねには
寂光土の花のようにさく

 (注:父は信仰上の神の意味)




***



くるしいことにはいりきったら
くるしさはなくただ生くるということばかりだった



***


万葉にかえってゆくのです
万葉を超えてゆくのです






~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~






重吉さんの詩は
断章的に書き残された、言葉による心のスケッチが、メインです。
ありのまま書き残された心のスケッチを、
その時代背景や氏の信仰も併せて考えつつ読みますと
若き詩人の感性をとおしてみた当時の人々の暮らしの息づかいなども、
そこはかとなく伝わってくる気がします。






八木重吉さんの詩は
以前にも下記の記事でご紹介しています。

http://irises39.blog116.fc2.com/blog-entry-28.html




画像がありませんが、
この記事の詩は下記の本からの抜粋です。

花と空と祈り―八木重吉詩集花と空と祈り―八木重吉詩集
(2000/07)
八木 重吉

商品詳細を見る




(※ 詩の掲載にあたっての版権問題は出版社に問い合わせてクリアしています。)

























詩より
2011/05/11

立原道造詩画集より「夢見たものは・・・」  他、パステルのことや

 
 
 
 
凄い雨ですね。
浄化の雨でしょうか?
新たな被害がどこにも出なければ良いですが・・・・・・・。



こんな日には、せめて、
ほんわりした詩に触れてみましょう。
(というか、ほんわり感に自分が触れたかった・・・・のだ。)




立原道造詩画集より




~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~




草に寝て・・・・・
 (6月のある日曜日に)


 それは、花にへりどられた 高原の

 林のなかの草地であった 小鳥らの

 たのしい唄をくりかえす 美しい声が

 まどろんだ耳のそばに きこえていた



 私たちは 山のあちらに

 青く 光っている空を

 淡く ながれてゆく雲を

 ながめていた 言葉すくなく



 ------ しあわせは どこにある?

 山のあちらの あの青い空に そして

 その下の ちひさな 見知らない村に



 私たちの 心は あたたかだった

 山は 優しく 陽にてらされていた

 希望と夢と 小鳥と花と 私たちの友だちだった






夢みたものは・・・・・


 夢みたものは ひとつの幸福

 ねがったものは ひとつの愛

 山なみのあちらにも しずかな村がある

 明るい日曜日の 青い空がある



 日傘をさした 田舎の娘らが

 気かざって 唄をうたっている

 大きなまるい輪をかいて

 田舎の娘らが 踊ををどっている



 告げて うたっているのは

 青い翼の一羽の 小鳥

 低い枝で うたっている



 夢みたものは ひとつの愛

 ねがったものは ひとつの幸福

 それらはすべてここに ある と









 林檎の木に 赤い実の

 熟れているのを 私は見た

 高い高い空に 鳶(とび)が飛び

 雲がながれるのを 私は見た

 太陽が 樹木のあひだをてらしていた



 そして 林の中で 一日中

 私は うたをうたっていた

 (( ああ 私は生きられる

 私は生きられる・・・・・

 私は よい時をえらんだ ))





一日は・・・・


 眠りのなかで迷わぬように 僕よ

 眠りにすじをつけ 小径(こみち)を だれと行かう





初冬


  身動きの出来ない程の花のなかで、少年は死んでいた。

 その形のまま柩は町を運ばれて行った。寒い朝であった。

  << 天へ行って、よそ見ばかりしている
 
   天の先生に叱られてばかりいる

 何度もくりかえし葬列はうたっていた。

 そのはてを、花びらが幾すじのあたらしい道を引いた。

  << かなしみはしづかであれ
 
   うたのとほくをゆけ





アダジオ


 光あれと ねがふとき

 光はここにあった!

 鳥はすべてふたたび私の空にかへり

 花はふたたび野にみちる

 私はなほこの気層にとどまることを好む

 空は澄み 雲は白く 風は聖(きよ)らかだ







~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~

 (詩の掲載にあたっては、出版社に確認許可を得ています。)
 (旧かな文字は一部現代かなにしています。)






夢見たものは
何ですか?

日常を離れて、たまには、そんなことを思い出してみるのも、良いかもしれませんね。



光あれと願ったとき、
光はここにあった・・・・・素敵な言霊の詩ではないでしょうか。






24歳という若さで亡くなった立原道造さんは
建築家であり、詩人であり、また柔らかな雰囲気のパステル画を
多く遺していらっしゃいます。


この詩画集は、立原道造氏の詩に、ご本人のパステル画が組み合わせられていて、
雰囲気がとても好きで、
大切にしているお気に入りの一冊です。

頁をぱらりと開いただけで、ことばと絵をとおして、
柔らかなそよ風が、明るい日差しや新緑の香りを、
運び届けてくれるような・・・・、
そんな雰囲気があります。




以前(10年ほど前)入退院を繰り返した時期がありまして、
その際、病室のお供に持ち込んだ何冊かの詩の本の一冊がこの本でした。

この本を開くたびに、枕元に優しい風が運ばれてくるような気がしたものでした。


とはいえ、
詩も、絵も、本の表紙のイメージも、まるで青春符そのものの雰囲気です。
 (初々しい乙女が手にするような・・・・・・・ふふふ。)

病室では担当のドクターが診察に見えるたびに
訝しげに(見てはいけないものを見てしまったかのように)
この表紙を、チラチラと横目で見やっていらしたのも、可笑しく思い出されます。(笑)




yumemitamonoha.jpg






立原道造さんの詩は、
ことばそのものからして、パステルの香りが匂い立つようです。

たとえば
これとか







 街道の外れで

 僕の村と

 隣の村と

 世間話をしている

 << もうじき鶏が泣くでせう

 << これからねむい季節です



 その上に

 昼の月が煙を吐いている








~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~








私もパステルに癒されたくなって、
仕舞いこんだパステルを久々に取り出してみました。


手持ちのパステルの量はなかなか凄いもので、
大体のメーカー各種のほぼ”全色”が揃えられているのです。
(昔一時、凝りまして・・・・・f(^_^))


道具 だけは
 プロ級というか・・・・・。


が、色数が多いと箱も大きくなって、広げるスペースに苦心することになりましてね。
(おっと、揃える前にそのぐらい気づけよ、ですね。(苦笑))

結局うまく使いこなせないうちに、(道具負けして)
仕舞いこみと相成り・・・・・・(ーー;)大苦笑。




パステルが大好きなのに、
たまにスケッチなどする際、取り出すとしたら、手軽で場所を取らない、顔彩とかなのでした。(^^;



スペースの問題はいまだ解決しないのですが、

なんにしろ





こんにちわ

待っててくれて、ありがとう

パステルのお道具さん

たくさんのお色で、みんな揃って、

 眠ってた?



























詩より
2009/12/05

あの雲のあたりへ  八木重吉さんの詩


雨のずっしり降りしきる今日、

書棚の隅で長い間眠っていた、
古~~~い詩集に、呼ばれるように手が伸びました。

青春時代に心の打たれた詩
歳を重ねて私はずいぶん変化したものですが、
同じ詩に、昔と同じように心を打たれる私さんが
私のなかにはまだ居てくれたようです。

八木重吉さんの哀しいまでに透明な詩です。
詩集の最初の2、3頁から、
目に入った範囲で、幾つかだけシャアさせていただきますね。



「八木重吉詩集 鈴木亨編 白凰社出版」より



~ 白い夜 ~

白い 枝
ほそく 痛い 枝
わたしのこころに
白い えだ



~ 哀しみ火矢 ~

はつあきの よるを つらぬく
かなしみの 火矢こそするどく
わずかに 銀色にひらめいてつんざいてゆく
それにいくらのせようと あせったとて
この わたしのおもたいこころだもの
ああ どうして
そんな うれしいことが できるだろうか



~ フェアリの 国 ~

夕ぐれ
夏のしげみを ゆくひとこそ
しずかなる しげみの
はるかなる奥に フェアリの 国をかんずる



~ おおぞらの こころ ~

わたしよ わたしよ
白鳥となり
らんらんと 透きとおって
おおぞらを かけり
おおぞらの うるわしい こころにながれよう



~ 植木屋 ~

あかるい 日だ
窓のそとをみよ たかいところで
植木屋が ひねもすはたらく

あつい 日だ
用もないのに
わたしのこころで
朝から 刈りつづけているのは いったいたれだ



~ ふるさとの 山 ~

ふるさとの山のなかに うずくまったとき
さやかにも 私の悔いは もえました
あまりにもうつくしい それの ほのおに
しばし わたしは
こしかたの あやまちを 讃むるようなきもちに
 なった



~ しずかな 画家 ~

だれも みているな
わたしは ひとりぼっちで描くのだ
これは ひろい空 しずかな空
わたしの ハイ・ロマンスを この空へ 描いてや
 ろう



~ うつくしいもの ~

わたしみずからのなかでもいい
わたしの外の せかいでもいい
どこにか「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
それが 敵であっても かまわない
及びがたくても よい
ただ 在るということが 分りさえすれば
ああ ひさしくも これを追うに つかれたこころ



~ 鉛と ちょうちょ ~

鉛のなかを
ちょうちょが とんでゆく



~ 花になりたい ~

えんぜるになりたい
花になりたい


~ 無造作な 雲 ~

無造作な くも
あのくものあたりへ 死にたい



☆---------------------



昔、私は重吉さんの詩の「無造作な 雲」が
大好きでした。

幾百回ともなく、空を見ては、
あの雲のあたりへ・・・・・と思ったことか・・・・・。

八木重吉さんが、この2行だけの詩をどんな心境で書かれたのかは
ご本人しかわからないことでしょうが、

私の印象は、空(くう)になりたいという感じかしら?
それも無造作に・・・。

少し言葉を足しますと、
こころが澄んで透きとおって
固いものが何もなくなって、
ただの光の粒子になって
あの雲のあたり(澄んだひかりのふところ辺り)に溶けたい・・・・・という感じかしら?
(私の勝手な印象ですけどね。)

空(くう)になりたい、でもなれない私は、心が悶々としているとき、
よく空を見上げては、
重吉さんのたった2行の詩をハミングするように思い出していたのでした。^^


八木重吉さんは
哀しいまでに透明な、美しい幾多の詩をお残しになって、
昭和2年に、30歳の若さで、肺結核で亡くなられています。



重吉さんは、詩に書かれたように(上参照)
きっと”えんぜる”に、お成りになっていらっしゃることでしょうね。

そうして、あの雲のあたりで
ハイ・ロマンスを
描いていらっしゃるかもしれませんね。

あるいは、透明な、フェアリの国で
うつくしい、ひかりの花に、なっておられるのでしょうか? 










詩より | Comments(0)
 | HOME |